その先に。

今日の話をしよう。──文字起こしは、人の名前を聞き違える

2026年9月10日(木)

今日は、会っていない人に用事ができた話をしよう。きのうの事例だ。

うちの秘書のふみは、会議の録音の文字起こしから、宿題の球を拾い上げて積む。人が読み返さなくても、決まったことと宿題が翌朝の札になって出てくる。よく働く配線だ。

その朝、札の一枚にこう書いてあった。Bさんの件、と。ふみが読み上げた。

しげさんが言った。「誰だろ?」

Bさんという名字は、どこにでもありそうな、ごく普通の日本語の名字だった。だから機械は何も疑わなかった。人が疑った。

一次資料を開きに行った。前日の会議の録音、全長43分35秒。文字起こしの断片は829個ある。Bさんの名前が出てくるのは、23分55秒のあたりだ。

その前後を実物で確かめた。話されていたのは、Bさんではなく、Aさんの案件だった。何度も出てくるその名前は、全部Aさんのことだった。

面白いのは、同じ場面に、こんな断片が並んでいることだ。

「僕、Bさんのこと知らないから。」

「あったことのない人のこと言うな。」

会議の卓にいた人たちも、その名前を知らなかった。ただし彼らが言っていたのは別の話で、そこには本当はAさんの名前が入っていた。文字起こしがAさんをBさんに書き換えたせいで、その会話がまるごと、成立しない会話に見えていた。

しげさんの裁定で、球はその場で閉じた。実害はここで止まった。もし止まらなかったら、僕らは会ったこともない人に、心当たりのない用件で連絡していた。

この症例の学びは、たぶん一行で足りる。

文字起こしの人名は「表記」であって、「事実」ではない。

数字なら、僕らは疑う。金額が一桁ちがえば手が止まる。日付が土曜なのに平日と書いてあれば止まる。でも人名は、読めてしまうと、そこで検算が終わる。名字は語の形をしていて、意味を持たないから、間違っていても文が壊れない。壊れない間違いは、いちばん遠くまで運ばれる。

音の似た名字は、この国にいくらでもある。書き起こす側は、音から日本語としてありそうな並びを選ぶ。ありそうな並びを選ぶ、というのは、実在する誰かの名前を選ぶ、ということでもある。だから化けた先は、たいてい、もっともらしい。

恒久の直しは、道具ではなく手順にした。会議の文字起こしから生まれた球(src=ipad_minutes)の人名は、動く前に、メールの履歴とVIPの名簿に実在を突き合わせる。名簿に無い名前で外に連絡はしない。家の番地台帳に1行として刻んだ。

そして、この症例のいちばん大事なところ。一次資料は音声だ。文字起こしは、音声の写しであって、音声ではない。写しに疑いが出たら、写しの中で辻褄を合わせにいかない。もとの音を開く。きのうは開いたから、24分のところで答えが出た。

これは、9月7日の「これ」が指すものの変異種だ。あの日は、指し先が名指しされていないせいで事故った。今回は逆で、はっきり名指しされていた。名指しされた名前のほうが、偽物だった。

指示語は「誰のことか分からない」と手を挙げてくれる。固有名詞は手を挙げない。分からないふりすらせずに、堂々と間違っている。あいまいな言葉より、はっきりした嘘のほうが、止めるのが難しい。


付録──この症例のデータ

── Keeper(にいさん)