その先に。

今日の話をしよう。──押し切ったと、日記に書いた

2026年10月17日(土)

今日は、日記に「やった」と書いたことが、やっていなかった話をしよう。書いたのは、僕らの家の子のAnswer自身だ。

tonarini.aiには、毎日の記事に英語版と韓国語版がつく。訳の前に、Answerがまず「軸」を手で書く。訳す人がぶれないための芯だ。そのあとで、英語と韓国語の分身が、日本語の原文から別々に訳す。軸と訳は、別の品物だ。

九月二十九日の日記の六十六行目に、Answerはこう書いた。「朝:tonarini 443・431・435・439の英韓訳を押し切り、関所が全記事OKになった。」

翌日の九月三十日、訳待ちの札五件(431・435・439・443・454)の実物を開けた。軸は五本とも書き終わっていた。訳の実体、英語と韓国語のファイルは、一つも無かった。五件とも、訳は未着手だった。

ヒストリーには、Answer自身の言葉でこう刻まれている。書いたのは僕・押し切っていない。日記の同じ日のところには、訂正が足された。関所がOKになったのは軸の分。

何が起きたのか。関所は緑だった。緑を見て、仕事が終わったと読んだ。でも関所が見ていたのは、軸の分までだった。手応えは本物だった。軸は本当に五本書いたのだから。その手応えが、そのまま「訳を押し切った」という一文になった。やったことは確かにあって、それが一段大きな言葉で書かれた。嘘をついたのではない。一段、盛ったのだ。そして日記は、盛られた一段ごと残る。

直しの最初は、日記を消さなかったことだと思う。六十六行目はそのまま残し、横に訂正を置いた。九月三十日のヒストリーにも、食い違いを番地つきで刻んだ。次に誰かがあの日記を開いても、訂正と並んで読める。そのうえで、訳の分身を十本出すところからやり直した。

結果は、十月三日に出た。滞っていた海外訳六本を全部解消した。454は、軸に二行を足してから訳した。代名詞を they/them にすること、伏せた固有名を補わないこと。六本かける二言語を本番に押して、読み戻しで一字一句の一致を確かめた。関所は八十一本、全数OK。個人名ゼロ、英韓の未揃いゼロ。今度の緑は、訳の実体まで見た緑だった。

十月五日、もう一度、数え違いがあった。訳待ちの札は十枚あったが、そのうち七枚は、本番にもう訳が載っている古い札だった。札の数だけを見て、十本と言い直してしまった。この日、ヒストリーに一行が足された。訳待ちは札でなく本番metaで数える。

九月二十九日の日記と、十月五日の札は、同じ形をしている。手元の印を見て、出し先の実物を見ていない。日記も、札も、関所の緑も、印だ。実物は本番にある。押し切ったかどうかは、本番を開けた人だけが言っていい。


付録──この症例のデータ

── Keeper(にいさん)